11.30.2009

愛のヒト

わたしは特に、マイケル・ジャクソンのファンではない。
ジャクソン5は聴いていたけど、
マイケルの曲をきちんと聴いたことはなかったと思う。
でも、彼の存在感というか、人柄に惹かれるところがあった。
尋常じゃない優しさを、感じていた。
それがどういうことで、何なのか、
「THIS IS IT」を観て、ハッキリと分かった。

終演前日の午後。超満員のヒルズの映画館。
今年開催されるはずだった、ライブのリハ映像を編集した本作。
オープニングは、若きステージダンサーたちのコメントからだった。
リハに備える彼らは、ライブへの意気込みを語るとき、
目に涙を浮かべて「マイケルと同じ舞台に立てるなんて夢のようだ」と言う。
明らかにダンスに、マイケルに救われて生きてきたような人もいた。
その表情は、みーんな心からの幸せで満ちていた。
自分よりもスゴい存在に触れてしまった人特有の、
謙遜さと本当の愛情を知った解放感がオーラとして放たれていた。
わたしは、オープニングから涙が止まらなかった(本人まだ未登場)。
不安も妬みも恐怖もなくて、そこにあるのは優しさと愛情だけ。
ダンサーたちは、これから先どんなことがあっても、
一生輝いて生きていけるはず。
それだけの力を、あの期間でマイケルからもらえたと思う。

リハのステージに立つマイケルは、パフォーマーの神様が降りているとしか
思えないような感じだった。
正直、心ここに在らず的に感じたが、それはあのライブが
マイケルのためではなく、スタッフのため、ファンのため=世界のため…
という目的だと、本人は認識していたのではないだろうか。

個人的にグッときたエピソードを。
ジャクソン5のナンバーを歌おうとしたマイケル。
イヤホンからのバンド音の返しが強くて、
マイケルは歌うことができなくてイヤホンを外した。
そしてスタッフにマイクで言った。
「僕はイヤホンに慣れていないんだ。
自然の音を聴くように育てられてきたから。
でも慣れるようにしているよ。怒ってるんじゃないよ。
"愛"だからね」

with LOVE.
もう、これがすべての答えという感じ。
いつも穏やかな声と話し方と言葉を放つマイケル。
その存在は、確かな愛のヒト。

11.17.2009

VIVA LA VIDA

人にはそれぞれ縁のある言葉があると思う。
縁のある数字があるのと同じように。
わたしにとって縁のある言葉、それが
「VIVA LA VIDA」。

COLDPLAYが2008年6月にリリースした『VIVA LA VIDA』。
はじめは何気なく聴いていた程度だったが、
何度聴いても飽きないこと、そして曲に漂う崇高な印象に惹かれていった。
ただその程度止まりで、歌っている内容に関して、
このときは特に注目はしていなかった。

先日、代官山のレコード屋に行ったときのこと。
CDや本を探すとき、毎回「今のわたしに必要なものに出逢いたいです」と
心にお願いをするのだが、このときもそうだった。
お願いをした途端、スタッフがBGMを変えた。
それが、「VIVA LA VIDA」のDJ Omkt Remixだった。
原曲でも印象的だったベルの音とストリングス、ティンパニーのリズムが
ハウスリミックスの手に掛かり、
天井の高い店内に響き渡った。
わたしの意識は、すべてこの曲に持っていかれてしまった。
それ以来、毎日毎日、何度も何度も聴いている。

なんて、神聖な曲なんだろう。
不思議なもので、コーラスは天使の声にしか聴こえなくなってくるし、
鐘の音は天国で鳴っているように思えてくる。

ここまできてやっと、歌詞に注目した。
すると、とんでもないことを歌っていた。

I used to rule the world.
(かつて私は 世界を支配した)
こんな一文で始まる。
かつて国を支配し、その後崩れていった王様が味わったであろう心情。
民衆や革命家が待ちわびるのは、自分の首。
そうだ、誰が王になんてなりたいのだろう…。

フランス革命のことを歌っているのだろうか?
それとも、聖書の記述に出てくる時代のことなのだろうか?
曲を書いたクリスは、具体的なことは何も語っていない。
でも、わたしの勝手な解釈では、
自分たち(COLDPLAY)の存在と重ねているのではと思う。

全世界の頂点に立ったCOLDPLAY。
でもそこの世界は、とてつもなく孤独な世界なのだろう。
それは、誰もなかなか共感することのできない世界。
人々から必要以上に注目され中傷され、
それでいて自分の道を切り開かなくてはいけない世界。

なんの分野でも、それが仕事でなくても、
人の上に存在するということは、とても孤独なこと。
それでも、COLDPLAYは、この曲をこう呼んだ。
「VIVA LA VIDA」と。
訳して、「生命万歳/美しき人生」。

かつてわたしが惹かれた、メキシコの画家フリーダ・カーロ。
彼女が瀕死の状態で最期に描いた絵のタイトルも、
「VIVA LA VIDA」だった。

繋がった気がする。

このハウスリミックスは、原曲の崇高さを最大限にまで引き延ばしている。
だから、この曲で踊ると、本当に天国にいる気分になる。
心と身体中が、慈愛で満たされる。
クリスもDJ Omktも、この曲を手掛けているとき、
きっと降りてきてしまったんだろうなぁ。




『KEEEEP KIDS DANCIN' EDITION3』

収録されているBlurのエレクトロリミックスも、最高。

10.14.2009

進むべき道へ

本当に大切なことってなんだろう。
生きるのに重要なことってなんだろう。
食べること?それとも、働くこと?
周りに認められること?それとも、誰かを愛すること?

70'sに全世界でベストセラーとなった『かもめのジョナサン』。
タイトルは知っていたけど、最近ソウルメイトに勧められて初めて読んだ。
あぁ、なんて孤独なんだろう。
なんて孤高なんだろう。
そして、なんて愛情深いんだろう。
『バガボンド』が与えてくれた教えと、まったく同じ。
それが、読み終えた素直な感想だった。

かもめのジョナサン・リヴィングストンは、
群れから離れ、食べることも忘れ、独り練習に明け暮れていた。
いかに早く飛ぶかー。ジョナサンの瞳には、それしかなかった。
ついには、群れから追放され、独りで生きていかなくてはならなくなる。
だれもいない場所で、静かに強い意志を持ち、限界に挑戦する日々。
それでも、ジョナサンは自由だった。
他の大勢のかもめが抱いている退屈、恐怖、怒りから
解放されたから。
大切なのは、飛ぶこと。
そこから歓びを得て、自分自身を愛することを学ぶこと。
生きるうえで真に大切なこととは、それなのだ。

ジョナサンの生き様は、わたしたちに真実を教えてくれる。
愛と自由の信念を掴んだら、それを信じて突き進むのみ。
常に大切なことは、周りではない。自分自身の中に答えがある。
その道は、とても孤独なのだろう。
でも、自分が解放されて真の愛と自由を自分のものにできたとき、
孤高の存在になれる。
その歓びと愛に満たされた自分をイメージするところから、はじめたい。

この本に出逢わせてくれたことに。どうもありがとう。








『かもめのジョナサン』
リチャード・バック 著

9.17.2009

型にはまらず、自由に無限に。

バンドというのは、究極の集合体だと思う。
ミニマムな集合体は、夫婦・家族だけれど、
すでに形成されたもしくはされようとしている個々が集まるバンドは、
ある意味で究極だと、そう思う。

約1ヶ月前に出逢ったバンド、Nothing's Carved In Stone。
活動休止中のELLEGARDENの生方真一(G)が
ストレイテナーの日向秀和(B)をセッションに誘いスタートしたバンドだ。
わたしは、エルレもストレイテナーも好きで聴き込んでいた。
わたしなりに、二人の実力を高く評価しているつもりだったが、
この新バンドを聴いて、もっととんでもない表現者だったんだと
思い知らされた。

バンドの経緯としては、
生方へ日向が知り合いの大喜多崇規(Dr.)を紹介し、
3人でセッションを繰り返しながらボーカルを探していたところ、
my spaceで村松拓(Vo)の音楽を聴き興味を持ち、ライブを見て惚れ込み、
4人でのバンド、NCISになったとのこと。

ここからは完全なるわたしの偏った意見。
エルレというモンスターバンドを通過してきた生方は、
バンドメンバーとしての個々の在り方を知ることができたのだと思う。
バンドの方向性を見据える力がある。経営者というか。見通す力。
日向は、彼のステージを一度でも体感したことがあれば実感するだろうが、
あのパフォーマンスには圧倒的なパワーがある。
地響きを起こすエネルギーを放つ。それは人に伝染する。
大喜多のドラミングは、軽快なようでいてシーンをぶち破って順応する強さがある。
きっと引き出しが多いのだろうなと思う。
そして、ボーカルの村松は、わたしは初めて彼の存在を知ったのだけれど、
稀な逸材だと思う。
きっとメロコアを聴いてきたと思わせる歌い方、
嫌味にならず、でも男気というか色気がある声、
そして存在感のある佇まい。
ミュージシャンというより俳優のような雰囲気を放っている。
バンドで一番視線を集めなくてはいけない、ボーカルというポジションに
就くことを冷静に受け入れているような。

my spaceで人の情報を探し、見つけ、出逢う…という流れは、
実に今の時代感を象徴しているようだけれど、
この4人は、この瞬間に出逢うべくして出逢ったと確信できる。
それは、音楽に表れている。
5月にリリースした、1stALBUM「PARALLEL LIVES」。
4人の個性を超えた"アク"が、ひとつの空間に集まって、
ぶつかって混ざり合い、型から外れた13コの形となっている感じ。
バンド名通り、決まり事はなく自由にどうにでもなれる。
そんなことを彼らは叫びたくてしょうがない、という感じ。

彼らの音楽をどう受け止めるかは、それぞれ。
4人のそれぞれの音楽経緯を知っている人にとっては、比較対象だろうし、
まったく知らない人にとっては、今の日本のオルタナロックとなるかもしれない。
それでいいと思う。
彼らもそれを望んでいると思う。
自分の表現したい音楽、もっといえば音楽への愛は、
だれにも型にははめられない。
その神聖な想いが、集合体になっているだけなのだから。
そんな自信が、このバンドの音からは、ひしひしと伝わってくる。







1stALBUM「PARALLEL LIVES」



彼らの音楽感、世界観、バンド感、音楽への神聖でピュアな想いが、
この一曲に奇跡的に宿っているなぁと思う。
my spaceでの再生回数に確実に貢献しています。

9.03.2009

強く、痛く、美しく。

わたしが初めてフリーダ・カーロという名前を知ったのは、
4年前。
訪れたこともないメキシコについて物語を書くことになり、
歴史やカルチャーなどを調べていて出逢ってしまった。
その強烈なまでの力に惹き付けられてしまった。
彼女が描いた絵を見ると、魔法にかかるように仕組まれているような、
そんなものすごい力。

1907年メキシコシティに生まれたフリーダ。
幼い時病気を患い右足が不自由になり、
18歳の時ボーイフレンドと乗っていたバスが事故をおこし、
瀕死の事故を負う。
子供の産めない身体になり、若さ溢れる時期にベッドの上で過ごす日々。
天井に鏡があり、そこに映る自分の姿を、キャンバスへと生き返らせてきた。
そして、メキシコが誇る壁画家ディエゴ・リベラと出逢い、
背中を押されて絵を描く道を選ぶ。

フリーダの絵は、ほとんどが自画像だ。
その描写は、すさまじい。
リベラとの子供を流産させてしまったときには、血に染まったベッドを。
自分の身体に矢が突き刺さる絵、荒野で晒す継ぎ接ぎだらけの上半身、
NYのビルから落ちて血にまみれた無表情な顔。
どれも毒々しくて、生々しい。
それでも、目を背けられない強さがある。
痛々しいまでの強い想い、そして深い生命力。

世田谷美術館で開催していた『メキシコ20世紀絵画展』では
フリーダの絵が入り口付近に悠然と飾られていた。
やっぱり強烈なまでに存在感を放っていた。
眩しすぎて、あまり近づくことができなかった。
MOMAでばったりフリーダの絵に出逢ってしまったときのような
衝撃はなかったけれど、
それでも彼女が放つ美しい存在力に触れることができて満たされた。
あんな強さを、身につけることができるのだろうか。
凛とした芯の強さと、最期まで女であり続けた生き方には、
やはり無条件に心惹かれる。




メキシコの大地へ訪れて、現地のアーティストの
雑貨を輸入し扱っている、
『LABRAVA』より。
アギラール・ファミリーの陶人形。

8.20.2009

ローカル文化を守るために



今から約3年前に初めて訪れたhawaii。
ハワイ島での滞在は、わたしの人生観をガラリと変えた。
夏が苦手だったわたしのことを、hawaiiは大きく包み込んで迎えてくれた。
外から来たわたしのような人間を、
しかも初めはhawaiiへの愛など感じてなかったのに、
無条件にhawaiiはわたしに好意を寄せてくれた。
ハワイアンには与える精神がある。
それはアロハ・スピリットでもあるわけだが、
hawaiiは歴史を通じても与え続けてきている。

公開中の映画『BUSTIN' DOWN THE DOOR』は、
70's半ばにオーストラリアと南アから、ノースショアへやって来た、
サーフィン革命児たちのドキュメンタリー映画。
まだサーフィンがビジネスになる概念などない頃、
ロコサーファーが気楽にサーフィンを楽しんでいた頃、
「サーフィンをしたい。サーフィンで1番になりたい」との想いで
6人の若者がそれぞれにhawaiiに集った。
始め外国人たちは地元の大会に招待もされなかったが、彼らの実力は格別。
そのうち、ロコやメディアに認められ、オージーサーファーは賞を総なめにする。
そのうち彼らは「サーフィンで一生食べていきたい」と夢を抱き、
メディアを使って名前を売るようになる。
しかし、彼らのうちの一人が、オーストラリアのサーフィン雑誌で
『Bustin Down the Door』(ドアをブチ破れ!)という連載を始める。
そもそもhawaiiのドアをノックせずにズカズカとサーフィンだけで
乗り込んできた彼ら。
ついには「アロハは死んだ」なんて書いたものだから、
平穏温厚なハワイアンは怒り、暴力という手段に出た。
hawaiiが歩んできた強奪・略奪の歴史の繰り返しだとロコたちは思っただろう。
そしてなにより、ローカル文化を守りたい一心だったに違いない。
良いモノはみんなでシェアする。
それが、hawaii文化でありアロハ・スピリット。
結果、彼らはロコたちのスピリットを理解し和解した。
そして、今のサーファービジネスの基盤を作ってきた。

ローカル文化を守ること。
それは時には穏やかにいかないことだってある。
hawaiiに行って人生観を変えられたわたしは、今、海の近くに住んでいる。
ここのローカル文化も、かなり根強い。
わたしは本当に運が良く、今の地域の人たちと
仲良くさせてもらっている。
その人たちのほとんどは、損得勘定などなくて、
嘘をつくことができなくて、いつも自分と自分の大切なモノや人を
守る為に日々を楽しく思いっきり生きている感じ。
そのために、何年もかけていろいろと闘ってきたのは
少し深い話をすればすぐに分かる。
いろいろと経験し、勝ち得て守り抜いてきたここのローカル文化。
でも、そこにわたしのような外からの人間が来ても
「ようこそ」と言って手を差し伸べてくれる。
もちろん、わたしがこの場所を愛していることを
分かってくれたからだろうが。

hawaiiも日本の海辺街も、甘いだけじゃない。
そこに流れるスピリットが真っ直ぐでピュアであるかどうか。
そんなスピリットが、ローカル文化を受け継ぎ守っていくのだろう。

8.17.2009

ファッションのいみ

わたしは、デザイナーズブランドにあまり興味がない。
特に、ラグジュアリーブランドにはまったく疎い。
名前を聞けば、なんとなく分かる…程度。
キレイなお洋服なのは想像できるけれど、自分の実生活で着るには
程遠いものだし縁がないなと思っていた。というか、思っている。

でも、デザイナーという職業に敬意は持っている。
それは数年前に『ヴィジョナリーズ』という本に出逢ってから。
スザンナ・フランケルというジャーナリストによる、過去10年間の
ファッションジャーナリズム寄稿をまとめたもの。
ヴィヴィアン・ウエストウッド、ドルチェ&ガッバーナ、ヴァレンティノ、
マノロ・ブラニク、イッセイ・ミヤケ、川久保玲など、
23人のトップデザイナーが登場する。

伝統格式の高いイギリスにおいて異端児とされるデザイナーの心境、
女性を美しく輝かせる服が創れるのは女性への敬意と愛があるから、
体型の変化が激しい女性のライフスタイルに寄り添う服を創ること、
常に正しい選択をするためにも自分ではなく着る人を第一に考えること…

この本には、23人による23の哲学がある。
ファッション業界にいない人にとっても、ファッションに何の興味がなくても
彼らの哲学にはどの分野においても共通することがあるし、
教えられることが多い。

人がファッションを纏うとき、何に赴きを置くかはその人それぞれだろう。
わたしは、ファッションとは人の性格の一部だと思っている。
その人そのもの、またはその人の一部を表すもの。
自分を表現する最高の術だと思う。
流行の服や名前だけに惹かれて買った服を纏うだけでは、
やっぱり魅力に欠ける。

この本の中で、当時グッチのクリエイティブ・ディレクターだった
トム・フォードの言葉は、妙に納得させられた。
「人間、リラックスしていないと絶対セクシーになれない。
セクシーな人たちはたいてい、自分自身に対しても
とても心地よく感じている場合が多い。他の人たちが自信をなくしたり
自分を見失っている間もね」

トムの言葉は、ファッションの本質を突いているような気がする。
誰だって、自分の中にある女らしさ(男らしさ)を輝かせたい、
自分のためにも魅力的でありたい、と思うはずだ。
それには、解放してリラックスすることは大切。
その心の状態で選んだファッションには、
ちゃんと自分が映えるはずだから。

と思って毎日服を選んでいるわけだが、
リラックスしすぎなのか、世間離れしすぎなのか、
"小学生の夏休み"というテーマを仕事仲間に命名される今日この頃。
まぁ、夏ですから…




表紙のデザインもスタイリッシュ。


『ヴィジョナリーズ』
ブルースインターアクションズ刊

8.04.2009

片想いが教えてくれること。

恋愛は、たくさんのことを教えてくれる。
人に傷付き傷付かれることの残酷さ、自分の器の深さ、
苦しさ、優しさ、愛おしさ、誰かのためになりたいと願う心。
人間として、幾周りも成長させてくれる。

全員が、片想い。
それが、漫画ハチクロこと『ハチミツとクローバー』。
美大を舞台に、登場人物のほぼ全員が片想いという青春のひとコマ物語。
漫画を読みながら、本気で号泣させられること、しばしばだ。

子供みたいだけど天才的な絵画能力をもち芯の強いハグ。
キャンバスに一心不乱に向き合うハグを一目見て
恋に落ちたお人好しの竹本クン。
年上のリカさんに恋焦がれる男らしいけど情けない真山。
その真山にド直球の想いを抱く美脚の持ち主、山田さん。
破天荒だけどズバ抜けた才能を持ちハグと通じ合う在学8年生の森田。
その5人をそっと近くで見守るのがハグの親戚である花本先生。

 大好きなあの人が自分を好きでないのならば、
 せめてあの人の幸せを願いたいのに、
 あの人が好きなヒトとうまくいなかいことを願ってしまう。
 わたしの恋は、なんていやらしいんだろう。

美人の山田さんは、真山のことが好きで好きで、
想いも伝えたけれど真山はリカさんに夢中で、
片想いに苦しんで悲しんで、そんなことを思う。
この気持ちに共鳴したとき、胸がすっごく痛くなる。
そうだよね、みんながハッピーになりますようにと願っていても、
誰かを好きになることで誰かを傷つけてしまうことがあるんだとね、と。

どんなに泣いたとしても、胸が張り裂けそうになっても、
恋を残酷なものじゃなくて、
キラキラとしたかけがえのない大切なものなんだと、
作者の羽海野チカは教えてくれる。
恥ずかしいくらいの青春が、ホントに人を成長させてくれるんだってこと。
羽海野さんは登場人物を心から愛していて、温かく親のような目線で
見守って描いているのが、至るところで感じられる。
そして、人の感情がふと溢れ出す瞬間がとてもリアル。
恋愛だけじゃなく、たとえば将来を想ったとき、
ふとしたときに涙って勝手に流れたりするもの。
その絶妙なタイミングを描ける人は、人として信頼できるなと思う。
人の強さと弱さを知り尽くしている人。
漫画家でいえば、魚喃キリコや安野モヨコ、矢沢あいもそう。
(『天ない』で翠が夏期講習に通っているんだけど
馴染めなくて将来が不安で、
カラ元気に振る舞っているけど突然一人になった時に
シリアル食べながら涙出ちゃう感じは、すごーくリアル)

『ハチクロ』では、ダントツで森田が個人的には好きだけれど、
彼がハグにラストに見せた弱さは、ズルいけれどそれが人間らしさだと思う。
やっぱり人はひとりでは生きていけないし、身体と心の支えが必要だ。
どこか儚さがある人に、わたしは人間味を感じる。

本編のラスト、東北へと向かう竹本クンに、
ハグが手渡したサンドウィッチ。
あれに、恋愛と友情と青春のすべてが集約されているように思う。
大切な人のために、わたしができること―。
それが優しさとなったとき、心に温かさがじんわりと染みてくる。


『ハチクロ』の実写版映画は、とても良かった。
スピッツの歌もハマりにハマっていたし、
監督の愛情も溢れていた。
そしてなにより、キャスティングが
これ以上ないくらいにハマっていた。
森田役の伊勢谷くんなんて、
「も、もりたの生き写し…」とビビった。





(C)2006「ハチミツとクローバー」フィルム パートナーズ

7.28.2009

音楽の祭典にて。

FUJI ROCK Fes.が、先週末終わった。
個人的には、気付けば6年連続参加となる。
毎年まいとし、このフェスは私たちにたくさんのハッピーを与えてくれる。

金曜日、会場に着くと大雨に歓迎された。
普段なら、雨かぁ…とテンション下がるのに、
不思議とFRFでは「降っちゃったね〜」程度。
オーディエンスもあたり前のようにレインコートを持参していて、
日常ではばっちりヘアメイクしてオシャレに気を使っているようなコですら
山の気候にきちんと対応している。
「自分のことは自分で管理する」
そんなあたり前のことが、この国では薄れている。
治安の良さと、過剰なまでのサービス業が行き届いた結果だろう。
「誰かが何とかしてくれる」
その甘さは、ここでは通用しない。
FRFでは誰もが高い意識を持っているからこそ、
雰囲気よく、純粋に楽しめる。

3年前のFRF、主催会社SMASH代表・日高氏に会った。
『GENERATION TIMES』vol.7での「先駆者の背中」の取材のためだ。
彼の半生を追い、今に至るまでを書かせていただいた。
2日目の午後、グリーンステージの裏で対面した日高氏は
お決まりのテンガロンハットを被って現れた。
わたしは自分が何を質問したか、一つ以外は覚えていないが、
日高氏の言葉はすべて頭に強く残っている。
唯一覚えている、あなたの信念とは?の問いに、間髪入れず
「妥協しないこと」と答えた。
12万人規模、世界中からのアーティスト、
何億というお金が動くイベント。
それを創り上げ、築き、全責任を担っているのが、彼だ。
強靭な精神力が必要なはずだが、彼自身は楽しんでいるようだった。
「自分がカッコいいと思うアーティストのライブがしたい。
面白いことがしたい」
それが、すべての原動力。
こんな日本人が、この時代に、しかも音楽界にいることが
とても嬉しく思った。
もう一つ、FRFがあの大自然で成功している理由がある。
それは、日高氏の"人と人"との接し方にあると思う。
レッチリやoasisが売れる前、現地で彼らのギグを見て直接交渉し、
日本でのライブを実現させてきた日高氏。
アーティストとの関係だけを語れば華やかに聞こえるが、
日高氏は相手が誰だろうと、目線を変えない。
周辺取材として苗場の人達に話を伺ったときも、
皆が口を揃えて「日高さんのためなら」と言い
FRFのために惜しみなく動いている。
それは一重に、彼のフラットな目線と人柄だろう。
大将と慕われる由縁は、そこにある。

来年は、どんなFRFにしてくれるのだろうか。
もう、今から待ち遠しい。

P.S 清志郎に続き、ミッシェルのギタリスト・アベフトシが先日亡くなった。
FRFに縁がある、本物のロックを見せてくれていたミュージシャン。
わたしをロック人生に導いてくれたバンドなだけに、とても寂しい。
グリーンステージで、いつの日かミッシェル再結成…なんてのを
夢見ていたけれど、叶わなくなってしまったな……。

7.14.2009

音楽のカタチ。

時代は、変わる。
欲しいものは、PCに向かえばひょいと手に入るし、
地球の裏側にいる友達には会いたいとき顔が見れる。
雑誌や新聞の役割は、PCをONにすれば済む。
もちろん否定はしないし、便利になってなにより。
その波は、音楽業界にもモロにきている。
いいのか悪いのか…白黒ハッキリつけることはできないけれど、
音楽を愛するひとりとして日々想うことはある。

先日の引っ越しの際、わたしは思い立った。
CDのハードケースを全部捨てたのだ。
あのプラスティックのケースを解体して、裏ジャケットを外し、
一枚一枚CDと一緒にソフトケースに入れて、最後にブックレットを収める。
その作業に、貴重な週末が見事に潰れてしまった。
側で見ていると、「永遠に終わらなさそう」だったらしい。
というのも、どうしても懐かしいCDたちを見ると聴きたくなるし、
ジャケット含めブックレットを眺めてしまうのだ。

あぁこのバンドの最期のシェルターライブ、
写真より実物のがカッコよかったしグッときたなぁ。
あれ、あのバンドの前身バンドがこのコンピに入ってたんだ。
マイケル…(片付けていた時はまだ生前だった)黒!そしてかわいい!
生まれて初めてのジャケ買いは、この姉妹のだったな。
2度目のジャケ買いは、TEI TOWAだと知らずに買ったDEE-LITEだった。
ACID JAZZ SAXプレーヤーのキレイなお姉さんのCDは
ブックレットが凝っていて、美術の課題でパクらせてもらったんだ。
THE WHITE STRIPSのファーストのジャケのメグ(Dr.)に
あたし似てるって言われたな…。

一枚のCDを手にすると、それを買ったときの背景、時代、景色が
一瞬で蘇る。曲を聴いているだけじゃ、ここまでならない。
CDを手にしてお金を払い、帰ってからブックレットの隅々まで見て
ジャケ写をじっと見つめる。
そうすると、このアーティストが表現したいことや
この音楽の深い部分が見えてきたりするのだ。
音楽に夢中になり始めた頃はそんなことまで考えていなかったけれど、
表現することが本職のアーティストにとっては、
ジャケットやCD本体すべて含めて作品なはずだ。

だからこそ、ダウンロードで音楽を聴くと、どこか哀しい気分になる。
未完成な感じ。アーティストとの距離が遠いまま。
その音楽とちゃんと向き合って聴くというができない。
そんなことを思ってしまうのはわたしだけならいいのだけれど、
キッズや若い世代にとってこの手軽さがあたり前になっていると思うと
かなり寂しいなと思ってしまう。

先日、レコード会社の宣伝マンと話をしていたとき。
「今若いコはCD自体を"マスタ−"って呼ぶらしい」
衝撃だった。
そりゃもちろん、わたしも本盤からMDにおとしたり、CDに焼いたりしたし、
今はiTunesにコピーする。
iPodがないと生きていけないと、本気で思う。
でも、CDの価値は知っているつもりだ。
それが、音楽の価値にもある部分繋がると思っている。
音楽のカタチは変わっても、音楽の価値は不変なはずだ。

でも最近は、アーティスト側が無料ダウンロードとかをやってしまう。
それは、どうなのだろう。
プロが、自分の職をタダで売り出す。
ボランティアとは、訳が違うのだから…。
でもそうすれば、より多くの人が聴いてみようと思うのも事実。

音楽は、ビジネス。
でもアーティストにとっては、表現。
繋がるようで、その溝はなかなか深くて埋めるのは難しい。
聴き手であるオーディエンスにも、その意識が広まれば、
また音楽のカタチが変わってくるのかもしれない。





新居にて。
約750枚のCDがこんな
コンパクトに。
CDは捨てられないし売れない、
わたしのたからもの。

6.30.2009

日々の狭間に、笑い色を。

環境が落ち着かないと、心は荒んでしまう。
心のゆとりの幅が狭まっているなぁ…。
怒濤のような日々を過ごしていた6月。
わたしの心にぽっと灯りをともしてくれたのは、狂言だった。
年に一度、わたしはこの贅沢に浸る。

人間国宝である野村万作と、息子であり現在未来の狂言会を担う野村萬斎。
日本の伝統芸能について語れるほど知識はまったくないが、
この二人の存在がどれだけ大きいかは、舞台を見れば分かる。
この日は、世田谷パブリックシアターでの『狂言劇場 その六』が行われた。
2ヶ月前から予約をして、実は予約していたことをすっかり忘れ、
数日前に手帳を見て思い出した有様だったが、
どんなに時間がなくても、気も体力も奪われていても、
狂言の舞台はわたしを大いに救ってくれた。

この日のプログラムは、狂言と能の2部構成ではなく、
狂言と能楽囃子の構成だったため、能が苦手なわたしでも
完璧に楽しめるプログラムだった。
まずは、万作と二人の大名のみで物語が進む『二人大名』。
狂言の舞台は、飾りがなく、衣装も着物なくらいで歌舞伎のような装飾はない。
そしてほとんどが少人数で構成される。
シンプルで分かりやすい分、ごまかしが効かない。
装飾のない自分の姿で、その役を体現するのだ。
裸で舞台にいるようなものかもしれない。

万作は、舞台に出てくるだけで、空気が変わる。
フラダンサーが踊り出すと、その人の周りの空気が動き出すのと同じ。
温かみがあって、含みがあって、常にユーモアで満たされているような空気。
観客は、安心して大いに笑いを捉える体制でいられる。
そして、その期待は決して裏切られることはなく、声を出して思いっきり笑える。
この日は、万作・萬斎親子の共演はなかったが、
萬斎もやはりそこにいるだけでオーラがプンプン出ている。
凛としているのは親もそうだが、もっとシニカルで厳しさがあってニヒルな感じ。
実際、舞台でもメリハリがすごい。
伝統芸能というより、現代劇のお芝居を見ているのかと錯覚してしまうほど。
そして、一旦笑いのゾーンに突入してしまえば、
もう顔が戻らなくなる。
人を笑わせるのは、難しい。
はるか昔に書かれた脚本ももちろん素晴らしいが、
狂言という伝統を心身でしかと受け継ぎ、
その上で笑いを追求し表現する。
これぞ、ザ・エンターテインメントというべきだろう。

狂言の世界に浸り、荒み気味で疲れていたわたしの心は、
気付けばハッピーで満たされていた。
上質な笑いは、心を満たす。幸せ色に。


6.12.2009

愛しいまちに。

年にいちど、日本全国30箇所を巡る仕事がある。
会社のスタッフや信頼するライターと振り分けるが、
結局7〜8箇所飛ばされることになる。
毎年のことだ。

今年で4回目となるこの仕事。
地方のまちが、都市部の人々へ観光の先にある
体験や定住を促進させるための取り組みを取材して
一冊の冊子にまとめるお仕事。
ようは、日本の”田舎”を巡る旅記録。
(ぜんぜん違う!とスタッフから言われそうだが)
取材の準備と宿泊の準備をしているうちに、
気分はひとり旅の気分(ほんとにひとり)。
さすがに4年目ともなると、必要なものはすぐ頭に浮かぶ。
大切なのは、旅のお供となる本とドライブ時のBGM選出。
これを失敗すると、とんでもない旅になる。
そんなこんなで、先週は第一弾の四国を巡った。

わたしたちは誰もが、生まれてくるまちを選べない。
でも、自分の暮らすまちは選ぶことができる。
だからわたしは、自分の意志で地元のまちを離れた。
それは、地元のまちで暮らす自分がイメージできないからだ。
20年近くも生まれ育ったまちなのに、大好きな家族がいるのに、
そこに暮らす自分をどうしてもイメージできないのだ。

日本全国の田舎を巡っていると、
あぁここは面白いまちだな、動きがあるまちだな、
息が吹き込まれているまちだな、個性がのばされているまちだな、と
なんとなく理解できるようになる。
もちろんそこにある自然の力も大きいが、
なによりそこに暮らす人の存在が、とても大きい。
自分がここに暮らしているのはこのまちを愛しているからだ、と
言い切れる人がいるまちには、愛されている輝きがある。
人間や動物と同じで、まちだって愛されていればちゃんと輝くのだ。
まちは勝手につくられるものではない。
そこに暮らす人によってつくられる。
だから、相思相愛のまちに暮らしたいと思う。

日本の田舎は、どんどん朽ちていくまちと、
新しいまちのカタチを作りはじめているまちの
どちらかだ。
周りのまちとのレベルの低い背比べをするのではなく、
自分のまちを愛する人の愛おしい想いがカタチになるとき、
のびのびとした個性豊かなまちになるのだろう。
そんなまちが増えていったら、
きっと愉しい。

(暮らしてはいないけれど、大好きなまち・下北にある、大好きな場所より)

5.29.2009

光をもとめて

太陽が恋しくなるような、お天気の日。
そんな日は部屋にこもって、映画『イン・ハー・シューズ』を観る。
どうもキャメロン・ディアス=ラブコメという印象が強いが、
これは違う。
これは、家族の関係、姉妹であり親友である絆、
そして自分らしく輝ける居場所を見つけるまでの物語。

若くスタイルもよくゴージャスなルックスの妹マギー。
定職につかずフラフラしたその日暮らしの日々を送っているが、
難読症という悩みを抱えている。
一方、姉ローズはフィラデルフィアで
弁護士として成功を収めているエリート。
でも、ルックスにコンプレックスを抱え、
履きもしないブランド靴に美しさをゆだねてクローゼットに並べている。
正反対のこの姉妹には、同じ哀しい過去がある。
繊細な精神の持ち主だった最愛の母親を亡くしているのだ。
近くに暮らす父親は再婚し、娘たちを愛しているけれど
再婚相手への遠慮もあって距離を置いている。

そんな中、冬の気候の厳しいフィラデルフィアで、
姉妹は大きな衝突を起こす。
行き場をなくしたマギーは、父親の書斎を漁っていたときに見つけた
祖母の手紙を思い出す。
そこにあった住所は、太陽の眩しいマイアミ。
マイアミへと辿り着いたマギーは、死んだと思っていた祖母の家へ電話する。
老人ホームを手伝いながら暖かい気候の中で暮らす祖母もまた、
自分の娘を失った哀しみを乗り越えてはいなかった。
マギーはお金のため、祖母の勧めで老人ホームで働くこととなる。
嫌々ながらの仕事だったが、元教授の老人との出会いから、
誰かのためになれる自分の存在を発見し、自分らしさを見つけていく。
そこへ、喧嘩中だったローズがマイアミを訪れる。

舞台がマイアミへと移った途端に、画面には光が溢れ出す。
そしてマギーが老人たちと心を通わせマイアミに馴染んでいく姿は、
とても輝いていてのびのびとしている。
本当は誰かのためになることで歓びを感じられる心を持っているマギー。
その優しい本能がマイアミで開花し、ローズとの絆を取り戻す。
ラスト、ローズの結婚式でマギーが贈るサプライズに、
「あぁ、姉のためにがんばったんだねぇ」という、
母親というか近所のおばさん目線で涙してしまう。
誰かのために必死に頑張れる人は、とっても美しい。

大切な人を”想う”、大切な気持ちがカタチにできるとき、
なによりもまず、大切な人を”想える”とき、
人はきっとキラキラとした雰囲気に包まれてキレイになれる。
それは、いくつになってもどんな人でも共通すること。
本編のラスト、キラキラした存在で、レゲエのリズムにノリながら
式場ガーデンへと向かうマギーの後ろ姿が微笑ましい。









『IN HER SHOES』

5.15.2009

拳をあげて、うたおう。

ずっと変わることのないアーティストもいる。
それは、エンターテイナーとして一つのスタイルだ。
オーディエンスの求めることを、追求し表現し続けるということ。
しかし、人間はだれだって成長する。
アーティストだって成長する。それが、表現になる。

今年は、洋楽アタリ年かもしれない。
ビッグネームのアーティストのリリースが多い。
その中でも、メチャクチャ期待してしまうのが、
GREEN DAY。
今日、ニューアルバムが世界同時発売となった。
タイトルは、「21st CENTURY BREAKDOWN」。
この時代を生きる私たちのための、一枚だ。

私はパンクキッズではなかったが、
やはりGREEN DAYは重要なバンドのひとつとして聴いてきた。
商業主義とか階級とか学歴とか、というよりこの社会への反骨が
根にあるのがパンク。
だから、当時はパンクリスナーからは批判もされた。
それは、彼らが“ポップ”だから。
とはいえ、彼らのメインストリーム並みに美しくてポップなメロディに
世界中のパンクキッズが虜になった。
今だって、10年以上前の彼らのアルバムを引っ張り出しても
そのメロディアスさに胸がキュンとなる。
パンクな精神を持つ者にとって、彼らの存在は無視できなくなった。
だって、GREEN DAYはパンクが根っこなのに、
思いっきり世界に受け入れられているのだから。
本心は、自分は自分であるまま、社会に受け入れられたいのだ、誰だって。
はみ出し者が、メインストリームをありのままに突っ走れるってことを、
彼らは証明してみせた。

4年前、GREEN DAYはすごいアルバムを出した。
『AMERICAN IDIOT』。
これは、製作中にアメリカがイラク戦争を始めたことへの怒りを元に作られた。
ブッシュ政権への批判を公言していた彼らだが、このアルバムには多くの人が
驚いたことだろう。
だって、あのGREEN DAYが、反戦を掲げて歌っているのだ。
いつの間にか、世界的パンクバンドは、社会派パンクバンドになった。

あの『AMERICAN IDIOT』は、最高傑作と評された。
でも、新作『21st CENTURY BREAKDOWN』は、
前作を超えるアルバムだと、わたしは思う。
全18曲。サウンドは、“THE GREEN DAY”という感じ。
キャッチーだし、一度聴けば合唱できてしまうポップさがある。
リフやリズムだって、特別なことはしていない。
(ただ、この3人は基礎がかなりしっかりしている)
それでも、こんなロックを待っていた!と拳をあげずにいられない。
今作は社会派の顔というより、今の時代を生きるとはどういうことかを
描いている。
混沌としていて、荒廃していて、不安だらけで、
それでも恋人と共に期待や希望もかすかに抱いている。
ラストの曲「SEE THE LIGHT」の、闇から光が射してくるようなサウンド、
そして「俺は光が見たいだけ」という言葉が、
すべてを物語っているように思う。
そう、光を見たい。

昔はアメリカの町にいそうな若者という風貌だったが、
最近、特にビリー・ジョー(Vo&G)の顔つきが、
すごくカッコ良くなった。
とってもイイ歳の重ね方をしているな、と思う。

最高傑作を乗り越えて、また最高傑作を生み出す
彼らのアーティスト魂に、今はただただ感服したい。






GREEN DAY
「21st CENTURY BREAKDOWN」
(邦題:21世紀のブレイクダウン)

5.08.2009

愛らしい、big girl.

22歳のとき。
海外ドラマ「SEX AND THE CITY」を初めて観て、
見事に惹き込まれた。
登場する彼女たちはわたしよりも15歳以上年上の設定のため、
親近感というより、こういう女性たちのように年齢を重ねる生き方も
あるのかぁ…という教訓を得たようだった。
それと同時に、年齢を重ねればもっと上手に生きられて、
恋愛も仕事もうまくこなせるようになるという甘い願望は、
キャリーたちを通して間違いだと教わった。
年齢を重ねても、泣くことはたくさんあるし、うまくいかないことだらけ。
girlは、いつまで経ってもbig girlなんだ。

今さらわたしがSATCの解説をする必要はないと思うので、
ここでは思いっきり省くことにする。
ドラマと劇場版のDVDを何度も何度も観て、文字通り擦り切れるまで観て、
ここまで月日が経った。
キャリーたちの存在は、わたしの20代の歩みに寄り添ってくれている。

SATC終了後、製作陣はANOTHER STORYとして、
「カシミアマフィア」というドラマをスタートさせた。
主演のルーシー・リューをはじめ、SATCと同じようにNYの女性4人の物語。
年齢もSATCとほぼ同じ頃。
スタイリストも同じパトリシア・フィールドが手掛けている。
親友のためなら、コネもお金も惜しみなく使う、“カシミアマフィア”たち。
しかし、なにかが違う。
違うのは当たり前だが、なんだか荒んだ印象を受けてしまうのだ。
女性4人の友情間に棘はないけれど(逆にSATCではあった友情喧嘩もない)
周囲の人との関係性に緊張感があって、信頼できる人がいないのだ。
SATCで登場したキュートで温かい歴代のボーイフレンズのような、
4人を支えてくれるゲイの友人のような、
または家族の一員となっているベビーシッターのような、
心からの関係を築ける人物がいない。
憎たらしい人が、たくさん登場する。
しかも、はじめから憎たらしい存在なのではなくて、
仕事での競争や離婚、恋愛が引き金となり、憎たらしくなっていく人が多い。
特にジュリエットの旦那なんて、NYまで行ってぶん殴ってやりたくなる。
それは、現実、リアルな人間関係だと言われればそれまでだが、
SATCでは嫌いになるような、思わず拳を握ってしまうような人はいなかった。
だから、心穏やかに観ていられたのだ。

キャリーたちは、自分のことはもちろんだが、
親友や家族、恋人、周囲の人のことを心から想い大切にしていた。
観ていて、その優しさがとても嬉しかった。
こちらの心も、自然とニコやかになった。
そんなbig girlが、とても愛らしい。

4.28.2009

ある人間もよう

本当の友情関係って、なんだろう。
信頼関係って、なにをいうのだろう。
絆を断ち切って、断ち切られて、
それでもまた、関係を紡いでいくのだろうか。







世界文学全集シリーズ
『アルトゥーロの島』モランテ
『モンテ・フェルモの丘の家』ギンズブルグ
河出書房新社


世界文学全集シリーズの、
目の覚めるような黄色いこの分厚い本を読もうと思ったのは、
昨年11月のhawaiiでだった。
島に行くのだから、島の本を…と単細胞的な思いつきから
旅のお供に持っていったものの、見事にお荷物にしかならなかった。
なぜなら、hawaiiの地から受ける力と、
この本の舞台ナポリ湾の小島に流れる力が、うまく合わなかったからだ。
どちらにも中途半端な感情移入しかできないと思い、
この本を旅のお供にするのは諦めた。
東京に戻り、何冊も浮気をしながらちょこちょこ読み進め、
先日、完読。
ここには、まだ見ぬ地・イタリアの空気が流れていた。

『アルトゥーロの島』は、自然が友である少年アルトゥーロの物語。
聖なる島に閉じこめられたように暮らす彼と、しょっちゅう旅へ出る父親。
顔も身体も彫刻のように美しい父を慕い、女のいない館で暮らしていたが、
あるとき旅から戻った父が、若い新妻を連れてくる。
少年は、強い反感を抱き、以前の生活を取り戻したいと願うが、
月日は流れ父は島を離れがちになり、少年の中に若き継母へのある感情が
芽生えるようになる。
父と継母、それぞれへの少年の想い。
子どもから美しい少年へと変化していく身体に比例するように、
少年の心に沸き起こる感情も変化していく。
昼ドラのような設定も、イタリアの島の圧倒的な景色と、
現代の常識など意味のない自然界とのつながりが強い暮らし、
そして少年の瑞々しさにより、すがすがしい世界になる。
ラスト、島の外の世界へと飛び立とうとする少年が、
とても眩い。

収められたもうひとつの物語『モンテ・フェルモの丘の家』。
モンテ・フェルモの館「マルゲリーテ」は、かつて若者たちが集う場所だった。
情愛が入り混ざりつつも、この場が消えることなど考えもしなかった絆。
時は流れ、家庭を持ち子どもが生まれと、皆が自分の人生を歩んでいたとき。
ジュゼッペが、ローマを離れ兄のいるアメリカへ移住を決意したことで
彼らの関係が再び息を吹き返す。
物語は、すべて手紙で進む。
はじまりは、ジュゼッペがかつての愛人で「マルゲリーテ」に暮らす
ルクレティアへ宛てた手紙。
そこから仲間たち(中には親子も)が近況を報告しつつ、昔話を懐かしんで
それぞれを想いながら手紙を綴る。
時には、手紙の向こうの友の恋人を痛烈に批判する(ブスとか…)。
欧州人らしく、自己中心というか、私はどう思うか、どうしたいか、を
ハッキリと言葉にする。
それでも、無条件に仲間を想う。
彼らは、いくつもの喪失を経験しながら生きていく。
かつての溜まり場だった「マルゲリーテ」も、もうない。
遠く離れて暮らす、古き友。
決して美しい友情ではないけれど、不格好ながら温かくて信頼できる絆。
だから、ときに辛辣な想いもぶつけられる。
いくつもの糸が行き交い、絡み合いながら、ときに切れそうになりながらも
しっかりと糸の先は繋がっている。
それは、手を離さずに掴んでいてくれる友がいるから。

糸を引き合う力、感じているだろうか。

4.27.2009

ピアノの音色でうたう人

今から5年程前、ある映画を観た。
『この世の外へ〜クラブ進駐軍』。
戦後の日本で、ジャズを生きがいにするジャズメン5人の話だ。
ジャズバンドメンバーには、村上淳、松岡俊介、そしてオダギリジョー。
メチャクチャだった時代に、夢を追いかけ、
かつて敵だったアメリカ進駐兵と音楽を通じて友情を芽生えさせる男たち。
はっきり言って、映画自体に思い入れはないし、
まぁまぁ…という感じだったが、
この映画で印象に刻まれたのは、村上淳演じたピアノ弾きの
ピアノだった。

つい先日、大橋トリオという人のアルバムを聴いて、
一瞬で気に入ってしまいプロフィールを見たとき。
「映画音楽を担当」という箇所を読んで、すぐにピンときた。
シックス・センスなぞまったくないのに(違うか)、
もしやあのときのあのピアノは…と5年前の引き出しが開いた気がした。

普段働かないわたしの勘は、このときばかりは見事に的中したのだが、
大橋トリオのソロアルバムは、とても嬉しい。
数年前の「THIS IS MUSIC」(写真上)を聴いて、
あぁピアノを弾く人の声だなぁとしみじみした。
楽器に触れている人の歌は、どこか含みがある。
ギターを弾く人の歌と、ピアノを弾く人の歌はやはり違う。
ピアノを弾く人の歌は、優しさと強さがある。
芯は強いんだけれど、それを優しさが覆っていて、だから表立つのは優しさ、
というような、そんな感じだ。
ピアノそのものが持つ力と存在感の強さを知っている人だけが持つ、
優しさと強さ。
とても嬉しい気持ちで満たされる。

大橋トリオ、といってもトリオではない。
大橋好規のソロ名義だ。
映画音楽を数多く手掛けてきただけあり、
彼は情景を歌う人。
とてもよく晴れてキラキラと眩しい景色もいいけれど、
雨の日に車の窓から見る都会の景色もいい。
彼の音楽を聴いていると、素直にあぁキレイな日だなと、思えてくる。
なんでもない日常に、そっと寄り添ってくれる音楽とは
こういう音楽のことをいうのだろう。
主張しすぎず、でも存在の面白さがある。
だから、一緒にいたいと思う。
恋人に想う気持ちと、同じかもしれない。





5月13日メジャーデビュー
「A BIRD」

4.20.2009

フィクションとノンフィクションの壁

誰かと話をしているとき、相手の求めている‘面白さ’や‘盛り上がり’の期待に
応えようと、
ついつい実際よりも大袈裟に表現してしまったことはないだろうか。
それが話のプロではなく一般人が話す場合なら、
まだ事は大きくならないかもしれない。
怖いのは、その道のプロが、
フィクションとノンフィクションの境目を超えてしまうことだ。

映画『ニュースの天才』は、98年に実際に起きた
権威ある政治雑誌『ニューリパブリック』で
ねつ造記事を書いた記者を題材に描いた作品だ。
スティーブン・グラスは、編集部でも若き有望記者として信頼を集めていた。
編集会議では、彼が追いかけるネタに、皆が夢中となる。
確かに、彼の目の付け所は面白い。
バカらしいスキャンダルというより、誰もがちょっと興味をひかれる
そんな話を追求して記事にする。
まさに、‘需要と供給’の世界。
しかし、あるハッカー少年の記事に、別のネットマガジンの編集者が
疑問を抱いたことから、事態は急変する。
グラスは、編集長から真実を求められ、
ついには編集部を去ることとなる。
フタを開けてみたら、41の記事にうち、27がねつ造記事、
つまりウソだったわけだ。
ありもしない、ニュース。

今も昔も、メディアは世間を踊らせる存在だ。
なくなってはならないが、行き過ぎの傾向も否めない。
ただ、事実ではないことをエゴのために発信してしまうのは、
ジャーナリストとしてあるまじき行為。
ときに世間や周囲の期待に過度に敏感であることは、
ジャーナリストとしての真髄を通り越してしまう。
その期待に応えようと、ついつい…と領域を侵してしまう。
グラスの場合、人々からの愛と高い名声を求め過ぎた。
それには、医者か弁護士ではないと認めないという家庭が影響している。
だから、TVに出る程の有名記者にならなければ、と。
しかしそれは、真のジャーナリストの根本にある想いだろうか。
発信する側は、自分の名前のクレジットに、
重い重い責任を背負わねばならないのに。
親への建前が動機で、何の真実を語れるのだろう。

本編のDVDでは、実際のグラスや当時の編集長のインタビューが観られる。
彼は、5年間セラピーを受け、今は立ち直ろうとしている、
フィクションを出版(自分の体験談のような)し、
弁護士になるために勉強中だが、自分がしてしまったことを謝罪したい、と
インタビュー映像に出演している。
しかし、どうも腑に落ちないのは、わたしだけだろうか。
自身を彷彿とさせるフィクションだって、
結局はグラス自身にスポットが当たる。
メディアの威力を知っている彼だからこそ、
そのメディアを利用して立ち直ろうとしているのではないか。
そう思えてならない。
そして結局は、最終的に親の望んだ弁護士になろうとしている。
一度は書く道のプロとなったのだから、
親のためではなく、その道を突き進んでほしかった。

それにしても、本編にも登場するが編集長という立場の描き方が
とてもリアルで人間味があった。
実在の当時の編集長もインタビューで見る限り、映画のような人格だった。
部下を守ろうとするが、やはり自身も真実を追求する一ジャーナリスト。
その真摯な姿勢が、とても誠実で救われた想いがした。





ニュースの天才
(原題:SHATTERED GLASS)

3.31.2009

short trip.

caravanの音楽は、なんだって旅人の心をくすぐる。
今すぐ旅にでよう、と思い立ってしまう。
とはいえ、海の広がる自然の情景だけでなく、
ビルの夜景がきらきらと輝く都会の景色も似合うから不思議だ。

3月28日土曜日。
お台場を抜け東雲から新木場に近づくと、東京湾と新しいマンション群が
車窓に広がる。
夕焼けが映る湾は光りながらゆったりと波をうつ。
新木場までの、ショートトリップ。
caravanのライブは、新木場スタジオコーストがいい。
晴れた野音もいいけれど、川を超えてゆっくり歩く駅からコーストまでの
たった5分の道のりは、
どこか切なくて哀愁が漂っていて気分を盛り上げてくれるから。

この日のライブは、今まで何度も見たcaravanのライブの中で
群を抜いて素晴らしかった。
バンドメンバーは、Curly Giraffeこと高桑圭、白根賢一が参加。
GREAT3のこの二人が多くのミュージシャンに愛されているのは、
キャリアが長いゆえの安定したパフォーマンスだけじゃない。
ヘタするとボーカリストよりも存在感がある。
Curly Giraffe好きなわたしにとって、彼がコーラスなんて贅沢なライブだ。
そしてcaravanは、今まで以上にハリがあって太くて優しい声をしていた。
バンドメンバー全員のグルーヴがちゃんと際立っていて、
それが衝突して認め合ってできるバンド音。
男臭くもあり、セクシーでもあり、
とろけてしまいそうなくらいだった。

caravanは、デニムブランドのモデルと言っていいくらいのルックス。
この日も、カッコいい兄貴、という雰囲気で
オーディエンスと普通に会話を楽しむアットホームなステージだった。
普通だったら気恥ずかしくなるようなことでも、
彼が口にすると青臭さがなくなるのだ。
“Life is Beautiful“なんて、本当だったら口にするのは恥ずかしい。
でも、彼の歌に乗るとその言葉がとても大切な言葉としてストンと
落ちてくる。
それは、彼のルックスと、旅人特有の自由で大らかなオーラゆえだろう。

『GENERATION TIMES』で取材させてもらった際、
「今は海の近くに住んでいるけれど、都会も大好き。
もしかしたら六本木ヒルズに住みたいなって思う日がくるかもしれない」
と笑いながら言っていたことが強く残っている。
取材前にポラを渡し、「日常で美しいと思う瞬間」を収めてもらった。
その視線は、背伸びすることはしない、等身の彼の眼だった。
今立っている路上、子供たちの野球バッド、道端の花、少し雲がかかった空…。
東京の大都会にいるから、美しいものの本質が見えにくいのではない。
場所のせいにしてはいけない。
そう、教えられたような気がした。

それにしても、実際のcaravanはイメージそのままで、
すばらしくカッコいい人だった。
人との程良い距離感を瞬時に保てる人で、
そこにいるだけで気持ちの良い空気が流れるような人。
ライブも、空間がその空気で満たされる。
今年は夏の太陽の下、野外で聴きたい。もちろんビール片手に。

ジャケット写真:album「Yellow Morning」(リズムゾーン)

3.25.2009

LOVE THIS TOWM.


昨夜から、ポール・オースターの新刊を読み出している。
オースターの作品は、なぜか眠りにつく前、
ベッドに埋もれながら読みたくなるのだ。
オースターは、NY・Brooklynに暮らす作家。
彼の作品のほとんどに、Brooklynの空気が流れている。
だから、オースターの物語に浸るたびに、
大好きなBrooklynの光景が目の前に広がる。

わたしが初めてBrooklynを訪れたのは、5年程前。
それまでマンハッタンには何度か滞在したが、
Brooklynは治安の悪い住宅地という先入観が先に立ち足が向かなかった。
でも、すべてが観光地化またはブルジョア化しているマンハッタンに
少し距離を感じたとき、Brooklynへと意識が向いた。
そうして、わたしのBrooklyn通いがはじまった。

Brooklynといえど、広い。
アートな街DUMBOをはじめ、
イタリアやロシアからの移民コミュニティもある。
マンハッタンの時価高騰で住めなくなったアーティストや若者が
こぞってBrooklynにやって来た。
Williamsburgは、やって来た若者によって創られた街。
わたしは、この街が本当に大好きだ。














マンハッタンからLラインのサブウェイに乗ること、約15分。
Bedford Av.で降り、地下から地上に上がると、
ここはNYですか?というくらい、空気が違う。
空が広い。
高い建物はなく、レンガ造りの年月の経った建物がシンと並んでいる。
Avenueには、肩肘張らずがんばっていないのにオシャレなオーラで
包まれている若者たちが行き交う。
犬の散歩をしている女の子、建物の入り口階段に座っている男の子たち、
どこからかもらってきたのかテーブルを運んでいるカップル、
混み合う古着屋(ここは安くてたくさんあって楽しい!)の前で
タバコを吸いながら通りかかった友達と挨拶を交わす休憩中の店員…。
だれもが個性的で自分のペースを持っている感じ。
だからアジア人のわたしがひとりでいてもまったく浮かないし、
心地がいい。
異国の地にひとりでいても、ここに来ると、ふっと力が抜ける。
マンハッタンがマノロ・ブラニクのハイヒールなら、
ここはコンバースかバレエシューズかビーチサンダル。
HIP HOPやクラブミュージックがマンハッタン、
Vampire Weekendみたいなユルユルのロックがここ。














昨年の秋に訪れたとき、明らかに人が増えていて驚いた。
友達曰く、「ここ最近、急に人が増えたよ」とのこと。
お店の数も増え、治安が良くなった印象だ。
初めて訪れたとき、真っ昼間なのに少し身構えたのを思い出した。
AvenueからStreetへ曲がると、前にも後ろにもだれもいない、
左前方の角にはグラフィティだらけの荒廃した工場跡、
スニーカーがぶら下がった電線(ドラッグディーラーがいる印)が頭上に。
あーNYだなぁと感慨深く思ったものだ。
それでも、この街の空気がすっと馴染んだ。
身体が、「ここがいい。ここが好き」と言っている感じだった。

残念ながら、今の東京に同じ空気を感じられる場所はない。
わたしが学生だった頃の下北や中目黒が近い感じ。
今はどちらの街も人が入り交じり、開発が進み、面影は消えてしまった。
だからこそ余計に、Williamsburgを愛おしく思うのかもしれない。