7.28.2009

音楽の祭典にて。

FUJI ROCK Fes.が、先週末終わった。
個人的には、気付けば6年連続参加となる。
毎年まいとし、このフェスは私たちにたくさんのハッピーを与えてくれる。

金曜日、会場に着くと大雨に歓迎された。
普段なら、雨かぁ…とテンション下がるのに、
不思議とFRFでは「降っちゃったね〜」程度。
オーディエンスもあたり前のようにレインコートを持参していて、
日常ではばっちりヘアメイクしてオシャレに気を使っているようなコですら
山の気候にきちんと対応している。
「自分のことは自分で管理する」
そんなあたり前のことが、この国では薄れている。
治安の良さと、過剰なまでのサービス業が行き届いた結果だろう。
「誰かが何とかしてくれる」
その甘さは、ここでは通用しない。
FRFでは誰もが高い意識を持っているからこそ、
雰囲気よく、純粋に楽しめる。

3年前のFRF、主催会社SMASH代表・日高氏に会った。
GENERATION TIMES』vol.7での「先駆者の背中」の取材のためだ。
彼の半生を追い、今に至るまでを書かせていただいた。
2日目の午後、グリーンステージの裏で対面した日高氏は
お決まりのテンガロンハットを被って現れた。
わたしは自分が何を質問したか、一つ以外は覚えていないが、
日高氏の言葉はすべて頭に強く残っている。
唯一覚えている、あなたの信念とは?の問いに、間髪入れず
「妥協しないこと」と答えた。
12万人規模、世界中からのアーティスト、
何億というお金が動くイベント。
それを創り上げ、築き、全責任を担っているのが、彼だ。
強靭な精神力が必要なはずだが、彼自身は楽しんでいるようだった。
「自分がカッコいいと思うアーティストのライブがしたい。
面白いことがしたい」
それが、すべての原動力。
こんな日本人が、この時代に、しかも音楽界にいることが
とても嬉しく思った。
もう一つ、FRFがあの大自然で成功している理由がある。
それは、日高氏の"人と人"との接し方にあると思う。
レッチリやoasisが売れる前、現地で彼らのギグを見て直接交渉し、
日本でのライブを実現させてきた日高氏。
アーティストとの関係だけを語れば華やかに聞こえるが、
日高氏は相手が誰だろうと、目線を変えない。
周辺取材として苗場の人達に話を伺ったときも、
皆が口を揃えて「日高さんのためなら」と言い
FRFのために惜しみなく動いている。
それは一重に、彼のフラットな目線と人柄だろう。
大将と慕われる由縁は、そこにある。

来年は、どんなFRFにしてくれるのだろうか。
もう、今から待ち遠しい。

P.S 清志郎に続き、ミッシェルのギタリスト・アベフトシが先日亡くなった。
FRFに縁がある、本物のロックを見せてくれていたミュージシャン。
わたしをロック人生に導いてくれたバンドなだけに、とても寂しい。
グリーンステージで、いつの日かミッシェル再結成…なんてのを
夢見ていたけれど、叶わなくなってしまったな……。