1.27.2009

美しくも脆い世界


先日、ガス・ヴァン・サント監督の新作を観た。
その映画についてはここでは触れないが、
それ以来、わたしの頭の中にはガスの映画の欠片が散らばっている。

5年前、ガス監督作品『エレファント』を観たときのことは
強く覚えている。
ラストシーンを経て、クラシックピアノの音色に水のノイズが流れる
曇り空を背景にしたエンドロール。
スクリーンから空が消え会場に明かりが灯ってからもしばらくの間、
わたしは立つことができなかった。
あまりのショックに全身の力が抜け、大きな呼吸をくり返していた。

『エレファント』は、99年に起きた米コロラド州コロンバイン高校で起きた
銃乱射事件をモチーフにした映画。
とはいえ、登場する生徒の名前は演じている素人の俳優の名前だったりして
忠実になぞっているわけではない。
俳優はガスが地元でオーディションをした一般人のコたちがほとんど。
だから、彼らが校舎に居るだけで、もう時間は流れ出す。

写真が趣味のイーライは(彼は「パリ・ジュテーム」ガス監督短編に出演)
クラシックなカメラを首から下げて学校の周りを歩き、
カップルのポートフォリオを撮っている。
その後校舎の暗室へと向かい、丁寧に自らフィルム現像をして、
再度カメラを手に部屋を出る。
廊下ですれ違ったのは、黄色いTシャツを着たジョン。
挨拶をしジョンの写真を撮った後、イーライは図書室へと向かう―。
ジョンは、写真を撮られた後、外で待つアル中の父親の様子を見に行く。
そこで、両手一杯の荷物を持ち武装した二人の生徒とすれ違う。
ジョンは二人に声をかける。「どうしたんだ?」
二人は計画通り、落ち着いた様子で図書室へ入り、銃を構える。
そこには、資料を読むカメラを下げたイーライがいた。
彼は、銃を構える生徒へ向けていつもと同じ表情でシャッターを切った。
もう、自ら現像はできないけれど。

物語は、すべて淡々と進む。
カメラは生徒の少し後ろを追い、わたしたちは生徒と同じ風景を見る。
銃を向けられた生徒にとっても、銃を向けた生徒にとっても、
普段と変わらない、彼らの日常。
なにも特別なことはないけれど、10代だからこそ持ち得る
溢れんばかりの瑞々しさがある。だれにも、平等に。
それは、日常の中で美しく、繊細でとても脆い。
ピンと張った糸のよう。

ガスは、若者のその脆さを描くのが天才的にうまい。
うまいという言い方は適切ではないか。
詳細までを汲み取り、映像に活かすことができる人。
その繊細さとリアルさは、ガスの観察眼と洞察力ゆえだろう。
ガスは結論を示さない。
そこにあるのは、真実のみ。
言わば、問題は未解決のまま。特定の感情の押し売りは一切ない。
音楽でいえば、Radioheadもそうだ。
問題提起はするが、特定のメッセージや答えを表現しない。
必ずしも、答えは必要ない。

『エレファント』は、細部までよく計算されて作られている映画だ。
ある日常風景を幾通りもの切り口から描く。時にそれは交差する。

当たり前に流れる瑞々しい若者の日常のひとときを、
ガスは一歩下がって静かに見守る。
その視線が、痛くもあり心落ち着くものでもある。

美しくも脆い世界。わたしはまだ失っていないだろうか。




1.20.2009

こころからの平穏を。

人生の歩み方、年齢の重ね方、人柄、顔つき、放つ雰囲気。
それらを全部ひっくるめて、師と呼びたいわたしの憧れの人、
ジェリー・ロペス。
彼の自伝「SURF REALIZATION」を手に入れた金曜日、
さっさと家へ帰り、コナビール片手に…
と言いたいところだが日本の冬の夜には寒すぎるので赤ワイン片手に
胸を踊らせながら、読みふけった。
翌日の朝も、目を覚ましてそのままベッドの中で読みふけった。
年表まで入れれば822ページの辞書より分厚いこの本を、
その日の夕方に読み終えた。
ずっと読んでいたい、そんな至福のひと時だった。

“サーフィンの神様”と称される、ジェリー。
サーファーでないわたしが、初めてジェリーを知ったのは
いつだっただろう。
彼の存在を知ったとき、わたしは一目惚れにも近い感情を抱いた。
もうただただ惹かれてしまう、そんな感じだった。
その感情は、今なお消えていない。

彼のサーフィンの実績や軌跡は、大枠でしか知らない。
でも、DVDや彼が特集された雑誌を繰り返し見てきた。

どうしてあんなに穏やかで、すっとしていて美しいのだろう。
なんて優しい顔をしているのだろう。
ジェリーの輝かしい軌跡よりも、彼の人柄に、わたしは心奪われた。

自分でない他の人間や母なる大自然へ、常に畏敬の念を抱く。
いつも次の波がベストだと思える、心の開いた状態でいることで、
新しいコトを永遠に学ぶ。
そして、忘れてならない、アロハ・スピリット。

ジェリーの心は、これらで満たされているように思う。
レジェンドとして世界中から尊敬の眼差しにさらされてきたのに、
彼にはおごりがない。名声に溺れない。
だから、自分にとっての最善が掴めるし、人生においても良い波に乗れる。
穏やかでいられるのはハワイだからだと思いたくなってしまうが、
彼はノースショアとマウイの家を売り払い、
現在はメインランド・オレゴン州の山間に家族と暮らしている。
ビーチまでは3時間のロング・ドライブ。
それでも、ジェリーの顔つきは変わっていないし、
相変わらず、すっと、している。

東京のような喧噪にまみれていると、
ジェリーのようなライフスタイル、心の保ち方は難しいと思ってしまう。
でも、環境のせいにしてはいけない。
心の置き方。自分との向き合い方。その覚悟。
それが、大切。
ジェリーは、19歳の頃からヨガを日課とし、サーフィンにも活かしてきた。
肉体的にだけでなく、精神的な影響が大きいという。
ヨガの哲学は、心の防具。
わたしがヨガを始めたきっかけは、ジェリーだった。
まだまだ初心者マークを付けていたいが、
確かにこんなわたしにも精神的な変化が少しあった。
ヨガを通して、心の余裕が、手に取るように理解できるようになったのだ。
それを教えてくれたという意味でも、ジェリーはわたしにとって、師。

写真で見る若き日のジェリーは、ワイルドでニコやかな好青年。
でも、断然、60歳を過ぎた今の顔がいい。
こんな風に年を重ね、こころの平穏を顔に刻みたい。
その秘訣、というか彼のサーフトリップ人生の一瞬一瞬が
鮮やかにこの本には記されている。
死の壁ともいえる荒々しい波と戯れてきた人生。
時に過酷で危うい経験を乗りこなしてきたからこその、あの顔つきなのだろうか。
ジェリーはいう。
“サーフィンは、人生の乗り方を教えてくれる”と。

わたしも、ジェリーのような顔つきになりたい。
いつも、こころに平穏を。
そして、Aloha.


迷いがあったとき、だれかに励ましてほしいときの
指針となる言葉やエピソードを…と思い、
付箋をしていたら、こんなことに………。
大切な言葉を読みたくなったときは、
素直に初めから全部読み直します。

装丁は、デザイナーの佐藤卓。
ご本人と同じように、優しいのに潔い。
さすが、美しいです。

1.16.2009

海に還るヒト

わたしには夢がある。
イルカと泳ぐこと、だ。
とはいえ、ダイビング経験はまだない。
ちゃんと心構えができてから、と思っている。
ホテルのプライベートビーチやアトラクションではなく、
本物の海でイルカに出逢いたいのだ。
数年前、ハワイ島で知り合った人に
「妊娠した時はぜひこの島でイルカと泳いでください」と
言われた。
なぜなら、イルカはお腹の中の赤ちゃんを歓迎してくれるから、と。
彼らには赤ちゃんが分かるらしく、お腹の周りに集まるという。
青い世界で、イルカの眼差しに見つめられる—。
どんな気持ちになるのだろう。
いつか叶えたい、大切な夢。

イルカと共に生きてきた偉人がいる。
ジャック・マイヨール。
彼は、1976年に偉業を成し遂げたヒト。
フリーダイビングで、つまり素潜りで、
水深100mの世界へ旅に出たのだ。
その旅時間、3分強。
カップラーメンが出来上がるまでの間、ある曲を聴いている間、
その間にジャックは未知なるグランブルーへの旅に出た。
言葉で言うと、ふーんで終わりそうだが、
50mの地点で太陽の明かりは届かなくなる。
空気の入った缶は、つぶされてしまうのだ。
人間の身体も同じこと。とてつもない水圧に押しつぶされる。
水温10℃の深海で、あと一歩のところで胸はつぶされてしまう。
ジャックは、49歳でその限界に挑戦した。

彼がイルカに魅せられたのは、幼少時代。
再び恋したのは、30歳になってからだった。
イルカの眼差しに一目惚れをし、調教師となり、
あるイルカと心を通じ合わせるようになる。
晩年になっても水族館で飼われたイルカたちの
保養所設立のために動いていたという。

そのジャックが、2001年自ら死を選んだ。
理由は明かされていないし、分からない。
ただ、彼には30年前に忘れられない深い傷が刻まれていた。
愛する人を、スーパーでの銃乱射事件で突如失ったのだ。
栗色の髪のドイツ人の彼女は、とても気高く静かに微笑んでいる人だったという。
二人で海に潜る姿は、まるで二頭のイルカが優雅に戯れているような。

人間界とはかけ離れたグランブルーの世界へ旅し、
イルカと共存してきたヒト。
「イルカになりたい—」
そう夢見た偉大なヒトは、海に還れただろうか。


わたしの宝物「in this time」シリーズ砂時計。
ジャックがグランブルーの世界へ旅をした
時間を教えてくれる。

いつも素晴らしいカタチを見せてくれる

1.09.2009

感受性のススメ-その壱。

わたしはロックが好きだ。
というよりバンドが好きだ。
バンドの話を始めたら、シラフでも5時間、
酒が入ればグッドモーニングは確実なので、
ここでは1回につき1バンドに落ち着きたいと思う。

iTunesを流しながら仕事をしていたとき、
Broken Social Sceneが終わり(Bのアーティストが多いこと!)
少し軽めのロックサウンドへと切り替わった。
そして思わずキーボードを打つ手が止まってしまった。
あぁ、この声。この言葉。
その瞬間、すべて持っていかれてしまった。
時間も、思考も、想いも。
BUMP OF CHICKENの凄さは、藤原基央の歌う歌につきる。

バンプを初めて聴いたのは「ダイヤモンド」だった。
確かわたしはハタチの学生で、その後の「天体観測」のPVを観て
友達にそっくりだなぁと思ったのを覚えている。
その程度だったが、彼に対してハッキリ意識が変わったきっかけは
矢沢あいの『天使なんかじゃない』完全版の解説での文章だった。
登場人物の人格をズバリ的確に言葉にしていて、
しかもその言葉が愛情に溢れていて優しくて人間味の深さに驚いた。
そして“独りで生きていける強さなんてモノは要らん。
俺は孤独には全力で抵抗するよ。他人がいてこその俺だろう”という
行に、ガーンと殴られたようだった。
その後に聴いた「Title of  mine」(「jupiter」収録)。
当時、精一杯背伸びして強がってやり過ごして疲れきっていたわたしに
‘本当はそうじゃないだろ。そのままでいいじゃん’って気付かせてくれた。
人生でツラい時期のひとつを、この曲と一緒に乗り越えた。
だから今でもこの曲を聴くと、7年前の感情が溢れ還る。

胸の奥深くまで届く声をしている。
でもそれ以上に、彼の感受性の豊かさが響いてくる。
一見繊細そうだけれど、儚いのではなく、前を向いていける力、
力に変えられるパワーがある。
全体的に光なんだけど、軽くはなくて嘘もない。影も知っている。
影を含まない光なんて、嫌いだしいらない。
だから、信じられる世界観。

そう感じられるのは、わたしがバンプと同世代だからかもしれない。
同世代のバンドが鳴らす音楽は、やはり共鳴できるナニかがある。
それは、言葉にしなくても伝わる、感覚的なナニか。

そういえば、わたしにとってとても大切な曲、
The Pillowsの「ハイブリッドレインボウ」を
トリビュートアルバムでカヴァーしたのは、バンプだった。
グッとくるポイントはピローズと違ったけれど、
藤原基央が歌う歌の感性は信じたいと思えるカヴァーだった。
というか、この曲を選んだ時点で、もうOKだ。

意識まで持っていかれてしまうから、
仕事中には聴けないけれど、
仕事の合間にたまに思いだしたように聴くととてもいい。
と聴き出すと、いつまで経っても仕事にならない。



←これがThe Pillowsのトリビュートアルバム
「シンクロナイズド・ロッカーズ」。
バンプのほかに、ストレイテナー、
ELLEGARDEN、ミスチルも。
エルレが、これまた素晴らしいです。

1.05.2009

なぜ、はたらくの?

ほんと、なんで、働くのでしょう?
先日友人に「もし5億円あったとしても働くか?」と
聞かれた。
考えもせず反射的に「もちろん。今の仕事をしているよ」と
答えていた自分に、自ら、へぇ〜と思った。

働くことについて、10人の仕事観を言葉にした
『働かないひと。』。
著者である左京泰明氏は、シブヤ大学学長で、
シブ大の授業コーディネートを担うASOBOTとも関係が深い。

左京さんが選出した10人の業種はいろいろ。
例えば、天文学者、ブックディレクター、ホストなど。
身内ネタでは、ASOBOTからも2名参加。
中でも、アートディレクターでJTの広告などを手掛ける
寄藤文平氏の言葉には、何度も頷かされた。
「人のための仕事を、自分のための仕事に変える」
“誰か”から発注を受けての仕事であっても、
“自分”のためにシフトするスイッチを探し、クリエイティブする。
そうすることで、その仕事への責任を、ある種、創る。
だから、結果良いものが創れるし、誇りを持てる。

10人の仕事への姿勢やモチベーションの持ち方、保ち方は、十人十色。
でも共通しているのは、仕事に対して、
誠実で責任を持って向き合っていること。
そして、自分の中にある枠を一線超えた人たち。
超えることで、自分のすべきコト、社会との関係が見えてくる。
この'社会’での、自分に課された役割分担。
その投げ掛けに向き合う機会を、この本は与えてくれる。

では、こんどは自分に、想いを馳せてみる。
10代の頃に定めたわたしの人生のテーマは
「いかに社会に染まらずに生きていくか」だった。
組織や集団生活からいつも身をかわしてきた。
そうであっても、胸を張って生きていけることを
証明していこうと決めていた。
それは、この社会の中で、
アイデンティティーをいずこに据えるか、ということ。

そうやって育った今、社会からは外れているかもしれない。いろいろと。
相変わらず、へそ曲がりには変わりがない。
寄り道はいろいろしたけれど、
それでも書くということに出逢えた。
おこがましいけれど、書くことは
例えば音楽しか生きる道がないようなミュージシャンと同じだと思う。
吐き出して、それが表現となり、結果社会の一部にリンクする。
だから、たとえ5億円あったとしても、書く仕事をしているだろう。

でもそのうちの1億円で、マウイ島あたりに、家を買おう。まずは。





←ウチのはなちゃんこと、
ASOBOTの伊勢華子嬢。
本編に登場している。
本の表紙が見えないのはご愛嬌。


『働かないひと。』左京泰明・編/弘文堂

1.03.2009

最悪で最高なもの。

お正月になると、家族について想う。
里帰りし、その家族と一緒に過ごすのだから
想うもなにもないけれど。

我が家は、親戚が多く半数は近くに住むわりには
お正月に集まるという習慣がない。
会っても分からない従姉妹もいる。
なにせ両親の兄弟だけで10人いるのだ。
わたしにとって、‘家族’と‘親戚’は別。
冷めて言えば、家族以外には排他的なのかもしれない。
昔は面倒がなくて良いと思っていたが、
海外ドラマ「brothers&sisters」を観て
大家族の中で暮らしていたら…と考えてしまった。

カリフォルニアで食品会社を営む父親とその家族。
しかし、父が倒れてしまったことで、遺した問題が出現する。
愛していた父親による、裏切りともいえる数々の事実。
その現実に、母親と3男2女の子供たちが向かいながら
前に進んでいく物語だ。

5人の子供たちは、年齢的には大人だし
5男のジャスティン以外は仕事でも成功を収めつつある。
とはいえ、それぞれ問題や壁にぶちあたりすぎる。
中でも、ジャスティンはアフガニスタンへ出兵していた。
彼を巡っても、家族はグルグルと振り回って忙しい。
姉のキティ(「アリーmyラブ」のアリー)は、9.11をNYで体感した。
キティは、共和党支持の政治コメンテーター。
つまり、保守派で戦争を支持する側だ。
彼女は9.11の惨事を、生前の父親を含め家族みんなに話す。
後日、ジャスティンは家族に内緒で軍へ入隊してしまう。
それが自分にできる、誰かのためになることだと思って。
ここでも、家族の反応はそれぞれ異なる。
母親はジャスティンに戦争をけしかけたとして、キティを責める。
それから時が経ち、ドラマではキティもジャスティンもLAの家にいる。
ジャスティンは、戦争がトラウマとなりドラッグが欠かせない。
現実逃避するしか、拭えない記憶なのだ。
事実、戦争へ出向いた若者が自殺するケースは少なくない。
これは、人間的に強い弱いの問題ではないだろう。
自分の中にある‘人間らしさ’と
どれだけ向き合って、これから先生きていけるか。
それが、キーになるのではないだろうか。
ジャスティンに話を戻すと、彼は再びイラクへ招集される。
そのとき、キティは弟を戦地へ行かせたくないと心から想う。
結果とんでもない行動に出るが、それがとても人間臭くてイイ。
とはいえ9.11後の戦争を「あれは仕方がなかった」とキティは言う。
放送局のABCは確か民主党派のはずなのに…。まあ、アメリカらしい。
TV界のマイケル・ムーアは、まだ誕生できないのが現実かもしれない。
それにしても、日曜ファミリードラマで戦争がこんなに近いなんて。
21世紀のお茶の間なのに。
これに慣れてしまうことが、一番恐ろしい。

それはそうと、この家族は面白い。
ひとりひとりのキャラがしっかりしていて、人間味がある。
前の晩に起こった色恋沙汰を、真っ先に兄弟のだれかに相談して
その5分後には家族全員が知ってるなんて口軽すぎるし、
母親自らパーティーでプールに飛び込むなんて粋すぎる。
常に、なにかハプニングがある。でも、愛おしい。
家族の婚約パーティーのとき、長女サラがスピーチした。
「最高で最悪なもの」。それが、家族だと。

無条件に信じられる人、信じてもらえる人がいる。
それだけで、なんて心強いことだろう。
家族の一人である叔父が、パーティーの際に言った言葉。
「お互いを信じて、自分自身を信じる。それがあれば、
何があっても生きていける」
そうだ。家族とは、そういうものだ。

それにしても、ハマッてしまう面白さ。
こうやって段々とアメリカナイズというか、
ブッシュ家がビッグファミリーなように、
アメリカが理想とするアメリカンファミリー像に
洗脳されてしまうのか…と思いながらも、
シーズン1は過ぎていく。
求ム、シーズン2。

1.01.2009

いつかのCountdown in NY.

この輝きは、夜空に果てしなく続いているのだろうか。
それとも、夜空から星たちが舞い降りたのだろうか。
聖なる灯りが、目の前でキラキラと輝き、
優しい微笑みをこちらへ向けている。
胸の鼓動が高まり、自然とわたしにも笑みがこぼれる。
それは、NYでのカウントダウンが近づいたある夜のこと。

NYの冬は、街の熱気とは裏腹にとても寒い。あの夜も例外ではなかった。
これ以上暖かくはできないだろう重装備で、街へ繰り出す。
目指すは、NYの心臓部である5番街。
この寒さの中街へ飛び出したのには、もちろん意味があった。
体を凍らせてでも、一度でいいから対面したかったのだ。
ロックフェラー・センターのクリスマスツリーと。

5番街は、昼間以上に多くの人で溢れかえっている。
ほとんどの人は、わたしと同じ目的で来ているのだろう。同じ方向へ向かう。
ふと、前方からほのかにざわめきが起こる。
歩いていた足を止め、顔を上げる。
その瞬間、寒くて震えていた体が止まった。
わたしの目の前に、ロックフェラーのクリスマスツリーが飛び込んできたのだ。
この街の、この日の主役は自分だと主張しているかのように、
堂々と構えるクリスマスツリーが。

人というのは、本当に感動すると周りがかすんでしまう。
このときも、周りは人で溢れて賑やかなはずなのに、その瞬間は約25mの
ツリーとわたししか存在していなかった。
ツリーしか目に入らなかった。
寒くてこわばっていた体の芯が、じんわりと溶けていく。
こんなに感動したのは、いつ以来だろう。
ため息が白い息と共に漏れていた。

どのくらいツリーと向き合っていただろう。
ふっと、前にいる女の人の髪が、わたしの頬をかすめた。
ブロンドで柔らかそうな髪から、ほのかに優しい香りがする。
恋人に寄り添いながら、クリスマスツリーの灯りに照らされている。
しばらくして彼の耳元で何かを囁いた。
彼は笑いながら、彼女の髪を撫でる。
そして、恋人たちは微笑みながら、
わたしの横を通り過ぎていった。ツリーの灯りに負けない笑顔で。
その瞬間、一段と、ツリーの輝きが増したようだった。

2009年1月1日。日本。
何気なく付けていたTVから、
今年も世界中の人々を虜にする灯りの便りが届く。
ツリーの前にあるスケートリンクでは、
恋人たちや家族が手を繋ぎながら滑る映像が流れている。
なんだか胸が熱くなり、あの寒い夜に撮った写真をめくってみる。
そこには、ツリーの前で寄り添う恋人たちが写っている。
ブロンドの髪の彼女と、その彼女の髪を撫でる彼が。

聖なる灯りが輝く夜。
夜空へ続くあのツリーは、今宵もだれかの笑顔と共に輝いている。

(5年前にある新聞広告用に綴った物語より)
NYでのカウントダウンは、一生大切な想い出となっている。
今年もタイムズスクエアでは、たくさんの人々に紙吹雪が舞ったことだろう。
これから来る幸せな一年を祝福するかのように。